ジャパンカップダートの歴史
2000年 – 東京競馬場のダート2100mの4歳(現3歳)以上の国際招待指定競走の定量のGI競走「ジャパンカップダート」として創設(創設当初の外国調教馬の招待枠は6頭まで)。
2001年
馬齢表示の国際基準への変更に伴い、出走条件が「4歳以上」から「3歳以上」に変更。
外国調教馬の招待枠が8頭に拡大。
日本のクロフネがダート2100mの世界レコード2.05.9で勝利。
2002年 – 東京競馬場の改修工事により中山競馬場のダート1800mで施行。
2003年 – アメリカのフリートストリートダンサーが外国調教馬として史上初の制覇。
2004年 – ゴールデンジュビリーデーに伴い当年に限りジャパンカップと同日開催。
2005年 – 武豊が騎手として当競走初の連覇。
2006年 – 外国調教馬が1頭も参戦しなかった。
2007年 – 石坂正が調教師として当競走初の連覇。
2008年
開催競馬場を阪神競馬場ダート1800mに移して施行。
ジャパン・オータムインターナショナルに指定。
3歳の負担斤量が牡馬・騸馬55キロ・牝馬53キロから牡馬・騸馬56キロ・牝馬54キロに変更。
日本のカネヒキリが当競走で史上初の2度目の優勝を果たすと共に、東京、阪神の両方の開催地で制覇。
2009年 – 当年のみ、JRAプレミアムの対象レースとなる。